2013年に書かれているのは、すでに病床に伏した後の記事だ。
倒れるまでは、割と強気なこと書いていたんだな、自分、と読み返していて思った。いまは、もう少しだけ人に向き合えるようになっている、はず...。

自然につつまれて

一時的に岡山県の奥地で過ごすようになってから、間もなく一ヶ月が過ぎようとしています。
社会人になってからと言うもの、色々な地方を旅行で訪れるようになりましたが、そのたびに、地方が有している自然の素晴らしさや雄大さに心惹かれます。

子供の頃は、地方に出かけるだけで退屈をおぼえたり、それをしのぐためにショッピングモールに連れられたりしたものです。即物的で、自然がそばにあることのありがたみを十分に感じられなかったのですね。

ですが、今回こうして自然の中で一時的に暮らすようになって、改めて自然が存在する事のありがたみを感じるようになりました。

ふらりと外に出て周りを見渡せば、そこには大きな山々が連なっていて、遠くの方はかすんで見えないけれど、大きな存在感を感じられます。

東京のように生ぬるいものではなく、熱を帯びているものの柔らかい風が頬をなでてくれて、安らかな気持ちになります。

そういうものがもたらしてくれる『癒しの力』に、今回、本当に救われました。

東京でも自然を感じられないわけではありません。でもその多くは人工的に用意されたもので、ビルにぐるりと囲まれて、ざわざわしていて、地方のそれとは全く異なるような気がします。

そして、地方で暮らす人々の生活には『ゆとり』があります。
電車もバスも、分刻みで訪れない。1日5本。それで十分にまかなえてしまう地方の交通事情。
スケジュールがゆったりとしている、という事は、それだけ、そこに住む人々の生活が時間に追われていないことを意味しています。ある程度、自分のペースで暮らしていける。

ついつい考えすぎてしまう自分には、そうしたペースで過ごせることにも魅力を感じました。
自分のペースと、東京での生活のペースがマッチしていないように思えたのです。

東京にも良いところは沢山あるけれど、なんだか、お腹いっぱいなのかなぁという気がしています。
削ぎ落した先にあるものが、自然との暮らしなのであれば、それを選択することも良いのかもしれません。

『藁の楯』@新宿ピカデリー


4月26日公開開始の映画「藁の楯」を観てきた。

今回、はじめに訪れた映画館は立川のシネマシティ。14時に到着したが、15時の回は最前列以外は満席、という予想外の混雑具合。
その次の回が18時前とやや遅い時間帯であったため、中央線に乗って新宿まで移動し新宿東口のピカデリーで16時の回を観賞してきた。それでも大半の席はすでに埋まってしまっていて、この作品への期待度を窺い知ることができた。

以下、簡単なレビュー。

・狂気を分かりやすく演じることができる藤原竜也
藤原竜也はいつの頃からか、全うな役柄よりも、少し偏っていて、それでいて尖っている役柄を演じるようになってきているように思える。

自分が記憶している中では「デスノート」「古畑任三郎」「パレード」「インシテミル」「カイジ」など。
役柄とキャストの選出は、えてして相関性が高いことが前提ではあるものの、藤原竜也が演じる役柄はその後の作品に対する評価を見ても「彼にぴったりだ」という評価が多いように感じられる。端正な表情の奥に潜んでいる「いつ壊れてもおかしくない」と感じさせる彼の独特のオーラは、生まれつき纏っている魅力に思える。

今回の作品においても藤原竜也は”変態殺人犯”という役柄を演じているけれど、そのオーラは健在で「何を考えているか分からない」その表情が物語全体を引き立てているように思える。

・「死」によってしかアピールできない命の尊さ。
5人組のパーティーが次々にストーリー外に消え、最後は一人になってしまう、ある意味単調とも、わかりやすいとも言える展開。

登場人物の死に方も微妙なもので、警察や個々の登場人物が貫き通そうとした「犠牲を持ってしての正義」が描かれきれていないように思えた。命の潰え方次第で、死の持つ意味は大きく変わる。清丸を守ることはルールを守ることであり、命を守ること。死の正当性は問われていない。

命が尊いかどうかは、各々の登場人物の中で考えられているはずなのに、それらが全部「死」によってひとくくりにされてしまっているところは、ちょっともったいないように感じられた。

娯楽映画として見てもいいけれど、随所にエグさがあるので爽快感は得難いと言える。

藁の楯 (講談社文庫)
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『プラチナデータ』@立川シネマシティ


予告編、ニノの「プラチナデータ。」で惹きこまれた方も潜在的には相当数いるのではないだろうか。

『先天的に握らされた素質で個人の一生が決められることはなく、自らの意思で切り開くことができる』というメッセージは、ごくありふれていて使い古されているのかもしれないけれど、リマインドのしかたのひとつとして、こうしたメッセージを、この映画のようにある程度の大きな規模感で作品として仕上げ、さまざまな世代に伝えていくことは、切り口として大切であるような気がした。

ニノに限らず、ジャニーズ好きの世代は、圧倒的に10代、20代の若者(もちろん女性)が多いと推測される。
振り返ると、そのような年齢で必ず一度は経験するであろう、自分自身が秘めている能力への懐疑について『遺伝だから』『家族が○○だから』という理由で片付けてしまい、塞ぎ込んでしまうことも少なからずあったと思う。

でも、神様が自分の人生すべてを決めているわけではない。
目標を決めて、トライアンドエラーを重ねて成長させられる要素もあると思う。そうしたことを、ぼんやりとでもいいから個々人の頭の中にインプットできたら、この作品は成功しているんだと思う。

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『きいろいゾウ』@渋谷HUMAXシネマ

昨日より公開の映画「きいろいゾウ」を観て感じたことを、ざっくりと。

全体を通して、人と人との「支え方」が印象的だった。
まず、毎日ツマに支えられているムコ。
まわりの生物の声が聞こえ、ムコの不在時それらに支えられるツマ。
ご近所の夫妻の支え合い。
かつてムコと心を寄せ合っていた夏目と、その夫の、妻を支えたいという想い。
様々な形で、その人なりの支え方、ひいては愛の表し方や感じ方が描かれている作品だと感じた。

はじめにグッときたシーンは、海に向かう車中でツマが泣き出し、そのいたたまれないところでムコがやさしく声をかけた場面。
それまで、ツマの嫉妬にも似たやりきれなさが爆発していたのに
(それを汲んだのかどうかはわからないけれど)ほだしてあげたムコの優しさは素敵だと思う。

次にグッと来たのは、男の子がツマヘラブレターを差し出したシーン。
好きな人のために変わりたいという気持ちが文面にすごく素直に綴られていたと思う。
ああいう純朴な気持ちを抱いてもらえるの、きっと女の子は嬉しいと思う。

あとは、亡くなった人に対する思いが崩壊してムコが泣いてしまい、それに対して何もできない歯がゆさや、そんな自分への情けなさ、そして慈愛からのツマの抱擁の場面。
ここは泣いてしまった。あれに似たことがかつての自分にもあったからかな。

蛇口のシーンは強烈だったし、他にも端から見ると病んでるの?と思える場面もあったけど、なんていうか、届かない想いについてそれなりに重きを置いていて、それをいろんな形で示しているのが印象的だった。

宮粼あおいは常日頃ナチュラルさ漂う女優さんだけど、今回は更にナチュラルさに磨きがかかっていると共に、ゾッとするような狂気な表情が多かった。
余計好きになったけどさ。
向井理は素朴で終始いい人そうな役回りだったけど、この人はそれでも存在感があるからうらやましい。

全編、劇的な転調がある作品ではないけれど、まったりと時間が流れる作品が好きな人にはおすすめです。

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『桐島、部活やめるってよ』@渋谷東急

桐島、部活やめるってよ(公式サイト)
桐島、部活やめるってよ』を観た。
今回鑑賞に出かけたシアターは、渋谷クロスタワーの2階にある「渋谷東急」。
300席の座席を持ちながらも狭小な劇場ではあるが、今回の映画の舞台挨拶も行われた。もともとは、東急文化会館(現在は解体され、跡地に渋谷ヒカリエが建てられている)内に存在した劇場であり、文化会館の解体を機に渋谷クロスタワー内に移設された、という経緯がある。
 
劇場の紹介はさておき、今回の映画。
 
「部活」というキーワードについて頭の中に思い浮かぶのは、高校時代に入部していた吹奏楽部、物理研究部、軟式テニス部など。
どれも「やめる」ことについて、一切先輩や顧問の教師に相談せず、いつの間にか「やめた」体になっていた。それでも、どの部活にもたまに顔を出して部内の友達と話したりして、いま振り返ると随分と図々しい振る舞いをしていたと思う。
 
そんな感じだったから、この作品の起点である「部活をやめる」行為が、非常に衝撃的、かつ周囲の人間に影響を及ぼすものとして描かれていることが新鮮だった。

「桐島」というひとりの生徒が部活動をやめる。それだけが物語の最初から最後まで延々と引っ張られる。
いったいどんなヤツなんだ…いくら待てども一向に現れない「桐島」を待ちわびる間に描かれる、登場人物の学校内での生活。
これが、一度高校生を通過した世代には本当に淡く映ると思う。ひとりひとりの感情の浮き沈みの描かれ方が実にリアルで、いまでは「そんな小せえことかよ」って思えるようなものにすら苛立ちやよろこびを感じていた、高校生の日々の重箱のスミのような部分を、実に的確につついてくるのである。
 
この作品、大半の劇場で上映が終了しつつあるので、まだ観ていない方はぜひお早めに。

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)
朝井 リョウ
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幼い頃の経験が大きく影響するというのはよくある話だけれど、そこに起因することに気付いたときにどう感じた?

自分が形成されている上でのエピソードとして説明する必要はあるけれど、不幸自慢にしたくないし、そう思われたくないと思いました。世間にはもっと辛い思いをしている人もいるはずだから。

ただ、分かりあえる範囲みたいなものが、良くも悪くもその経験のせいで広がったから、似たような経験をした人に出会った時力になれることがあれば、って思います。これもまた「犠牲的だ」って言われるんですかね…。